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今までずっと書きたくて、でもうまく言葉にできそうになくて、書けないでいたことがある。
いまだにうまく書けるか、わからないけれど、今日は書こうと思う。 わたしの闘病記とかを見てくれて、自分はのうのうとしていると思うとか、自分は幸せなのになにやってるんだと思えたとか、そういったお話をしてくれた人たちが、何人かいた。 わたしは確かに病気で苦しい思いはしてきたんだけど、だからってのうのうとしてないわけでも幸せじゃないわけでもなくて、確かに病気は不幸に違いないと感じたけど、わたしの今まで20年、一番不幸な時期が一番病気の重かった今年の6月かっていうとそうでもない。 わたしの一番不幸だった時。 それはたぶん9歳の時。 学校では友達もいなくて、弟は障害児だからいじめられて不憫だったし、楽しいことなんてなかった。 なんだか話がそれてしまうので元に戻るけれど、わたしは不幸自慢をしたいわけではなくて、闘病記を書くことで読んだ人に劣等感?のようなものを与えたかったわけでもない。 闘病記を書く理由として、同じ病気の人には情報提供を、この病気を知らない人には理解を、と言ってきたけれど、それ以前に書くべき、という一種の使命感のようなものもあったりした。 わたしは病気のことに関しては稀少な経験をしているわけで、伝えなくちゃと思った。 伝える場があるのだから、できればリアルに伝えなくちゃと。 そして、この日記とかを読んでくれている人、読んで、一緒に苦しんだり泣いたりしてくれた人たちがいる。 その人たちは、かなり体験に近い経験をしてくれたんだと思うわけで、その経験はなにかに役立てられる日がくるかもしれない…。 簡単にまとめてみると、読んで、自分はなにやってるんだとか思う必要はまるでなくて、例えばいつそんなことが自分に起きるかわからないから今やりたいことをどんどんやろうとか、いろんなことに挑戦してみようとか、逆に元気を出してくれたら、それはわたしにとって一番うれしいことです。 現にわたしは、何もかもあきらめなきゃならないかも知れないと思ったとき、逆に何もかもあきらめたくなくなった。 そして、自分は今まで思い切った道は選んでこなかったことに気付いた。 安定した普通の道ばかり選んで、それが一番と思って今まできてしまった。 それが、今回のことで、一度きりの人生なんだから、失敗なんて恐れずやりたいことをやらなくちゃと思えた。 これはわたしにとって、病気をなくしては思えなかったことだと思う…。 今、わたしの一番下の高校生の弟は、音大に行くことを卒業後の道の視野にいれている。 以前のわたしなら反対したと思うが、今はやりたいことをやったほうがいいと心から言える。 それは、病気がわたしを成長させたといえないだろうか。 わたしにとっては、マイナスばかりじゃなかったと、いえないだろうか…。 こんな日記を携帯で書いている途中、幸せなメールが届いたのでお祝いしたいと思います。 やしまさん、結婚まぢでおめでとう!! パパになっても末永くお幸せにね☆☆\(^O^)人(^O^)/ |
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